どうやってホラクラシー経営にたどり着いたのか

パワーコンテンツジャパン株式会社はホラクラシー経営に近い経営スタイルを取っていますが、そこに行き着くにはいろいろな過程がありました。そこで、まずは弊社のヒストリーを簡単に書いていきたいと思います。

行政書士時代の反省

まず横須賀が行政書士として開業し、行政書士のアシスタントとして最初のスタッフを雇いました。今振り返ると、この頃はスタッフに対してとても冷たかったと思います。

仕事のやり方を聞かれても「役所に聞いて」と答えていました。私に聞くより役所に聞いた方が早いからです。このように、教えるということもあまりしなかったし、コミュニケーションがそんなに大事だとも思っていませんでした。これは反省点です。

コンサルティング会社を興す

その後、行政書士業務をより広げてコンサルティング会社を始めようとしました。コンサルタント業をするときにアシスタントが必要なので、そのときにコンサルタントのアシスタントを採用しました。

ですが、私が会社に勤めた経験が少なかったこともあって、どうしても対応が行き当たりばったりになっていました。行政書士事務所で採用した頃の反省を踏まえて、一人ひとりを大事にしよう、環境を大事にしようと思ってやっていましたが、その頃もまだ組織運営についてはあまり考えてはいなかったと思います。

スタッフを1人入れて、それで手に仕事を終えないようならもう1人増やす。うちでもデザインの仕事をしようといってデザイナーを入れる。このような感じで、その都度やってきたところがあります。

スタッフを増やし、コンセプト経営に出会った2010年代

最もスタッフを増やしたのが、2011年。四谷にオフィスを移したときです。このころに5、6人と最も多くのスタッフを採用しました。

ですが、そのときも「社員をたくさん入れたらなんとかなるかな」とあまり考えずに採用していたところがありました。仲がいい会社ではありましたが、小さな会社なのにマネージャー職があったり上下関係ができたりしていて、組織として育っていく様子があまり見えてはいませんでした。

このときはまだ、私自身が売上を上げないと会社が回っていかない仕組みでした。しかし、2013年以降に社員の入れ替わりがあり、コンセプト経営に出会い、この時期が転機になりました。

「コンセプト経営」というのは私の造語ですが、会社もコンセプトを持ったほうがいいんじゃないかという考え方です。それで、コンセプト経営の一環としていろいろなセミナーを行ってきました。理念を作ったり、社訓を作ったり。クレドを作ったりもしましたが、どうも自分の中でしっくりくるものがない。

クレドやミッションステイトメントみたいなものも、2つ目以降は自分でも思い出せないとか。自分にとってしっくりきてないものしか作れずに、組織に関しては明確なものが見えていなかったんです。

そして、アメリカに行って実際にコンセプトを持った企業やお店を多く目にすることで、経営に関しては一つの結論が出ました。ただ、まだまだ半分くらいの道のりです。

「ソニーの働き方」に出会い、今の土台ができた

それから、2015年にソニーコンセプトというイベントをしました。これはソニーのOB社員の中でも非常に実績のある方をお招きして公演をしていただくというイベントです。このイベントを開くにあたってソニーのOBの方に取材をしていきました。

そのときに学んだソニーの働き方というのが、今の弊社の働き方にとても影響しています。例えば、雑談私語は奨励する。ソニーでも井戸端会議が多くて、そこからいろいろなアイデアが生まれたりと、たくさんのことが始まってきたそうです。

私はソニーで働いたことはありませんが、「井深イズム」といわれるような、人を活かすという考え方をベースに、徐々に弊社の形ができてきました。

そこから行き着いたのがホラクラシー経営です。仕組みとしては、ホラクラシー経営がベストではないかと今は考えています。

yokosuka.comのブログでは、ホラクラシーの考え方や、実際に小規模の会社がホラクラシー的な経営をしていくとどうなっていったかということを書いていこうと考えています。それらは今後「ホラクラシー経営」というカテゴリーにまとめていきますので、興味があれば読んでみてください。