ホラクラシー的経営ー会社の定義と理念ー

会社を良くしたいと思うときに経営者の方が必ず一度は考えるのが、「そもそも会社はなんのためにあるのか」ということです。

会社の定義はさまざま

「株主のため」だったり「従業員のため」だったり、社会貢献のためにあるというように、ここには色々な定義があります。しかし中小企業の場合は、自分たちの定義でしかないところだと思っています。

会社が何のためにあるのかということをホラクラシー的経営の中で追求していく中で、会社というものの歴史について学んできました。今日はその歴史を簡単に紐解きながら、会社の理念についてお伝えしていきたいと思います。

歴史に見る会社組織の原点

そもそもの原点は東インド会社で、坂本龍馬が作った亀山社中(海援隊の前身)が日本初の商社であり、会社組織だと言われています。昔は出資と経営が分かれていましたが、その頃の発想としては、「理念があるものに対してお金を出す人がいる」というものでした。だから昔の大企業の創業者は、まずお金の工面をするが一つの仕事だったんですね。

ですから、今ほど私利私欲が中心ではなくて、世の中に何か貢献したいという考えを持つ人の方が、昔は多かったのではないでしょうか。そして、理念を持っている人と出資をしている人それぞれがメリットを享受できる形が株式会社の原点だったのではないかと考えています。

現在の「会社」と理念の源泉

ところが最近は社長が100%株主でオーナー経営というのがほとんどで、出資と経営の分離は中小企業ではほとんどなされていません。現在の会社の定義は、「経営者の何かしらの意思に基づいて作られたもの」になっています。つまり、会社には何かしらの創業意思があると考えるのが現実に即しています。

経営者は自分なりの定義を持てばいいですが、少なくとも世の中にどうしても伝えたいメッセージがあるからこそ会社を作ったはずです。伝えたいという気持ちがないなら日記などに思いをぶつけておけばいいことで、何かしら世の中に影響を与えたい、メッセージを与えたいというのがあったはずなんです。そしてこれが理念の源泉です。

商品やサービスなど何かしらの手段を通じて、思いを世の中に伝えてお金を得る。そして利益を分配していくというのが、今の会社のあり方ではないでしょうか。

最終的には「公」に行き着きたい

世の中と関連を持つ以上は、世の中のためにならなければ会社の存在意義はありません。お客さんは世の中ですから、お客さんからお金をもらって成立するわけなので。世の中に何かメッセージを与えたい、世の中に何かをしたいということであれば、世の中に貢献しない以上は絶対にお金や対価は入ってこないわけです。

最終的にどんなに自分のエゴだったり私利私欲に基づいたスタートだったとしても、最終的には公的なものを見ていかないと会社としては成立していかないというのが私の考えです。

ブラック企業という言葉がありますが、世の中に貢献しているように見えても、その会社の定義として社員の幸福が入っていないだけだと思います。それは自分たちなりに定義すればいい。

私は、利害関係者に対して貢献するというのが会社だと思っています。利害関係者というのは、お客さんと社員と関係者。こういった人たちに貢献するのが会社で、世の中を良くするためにあるというのが弊社の考え方です。

なので、そもそも会社とは何かを考えたときに、あまりにも昔の定義に引っ張られすぎると辛い。最終的にはシンプルに考えることが大事なので、社長自身が伝えたいメッセージがあったり衝動があったりというのが理念の源泉で、そしてそれは一言で言えるのがいいと思います。