2013年、四谷

四谷にオフィスを移してから、社員を採用して組織として働くということについて、ターニングポイントのような出来事がありました。

転機になったある社員との出会い

その社員も、最初は事務スタッフということで入社してきました。面接の時には、少しデザインに関することもできるという話をしていて。働き始めたあとで、「ちょっとうちのチラシとか直してみる?」と言ってみたら、すぐに直してくれて。これは凄いなあと。もっとできることが増えたらいいね、という話をしていました。

本人も、もっとウェブやデザインができるようになりたいと言っていて。ただ、一流のウェブデザイナーとかになれるかというとそうでもない、わかりやすくいうと、中途半端な知識しかないので、デザイナーとして高い給料をもらってやっていけるかというとそうでもないと。かといって全く能力がないわけではないということで。

だったらうちでデザインの仕事を作ってみようかという話になりました。できるようになったら、その業務を担当してその分給料も上げていくみたいなやり方がいいんじゃないと言ったら、ぜひそれでやりたいと。そこでまず、近しいコンサルティング会員の方に声をかけて、「名刺などデザイン関連のことを無料でやりますので、もし何かあったら是非声かけてください」といって。

そのとき私が考えたのは、彼女がデザイン関連の仕事もやりたいと言ってくれたので、まずは無料でリスクがない仕事を受けてもらいたいなということでした。そうして、名刺などの制作物の依頼をいただきながら、少しずつできるようになっていきました。

そうしているうちに、ロゴ制作の仕事が入ってきたんです。ウェブやチラシとロゴの仕事は少し異なるところがあって、ロゴというのはとても大事なものなんですね。一度決めたら変えることはなかなかないし、会社のシンボルマークなので、ロゴ作成はとても重要な仕事なんです。無料とはいえ、ロゴの仕事を受けるというのは結構重たい。

ただ、そのお客さんも当然うちのデザイナーが初めて作るというのも無料だというのも分かっていたので、何社かコンペに出していたそうです。そして最終的にうちのスタッフのデザインを選んでくれたということがありました。

こうして、徐々にウェブなども作るようになってきて。自社のサイトの制作をしたり、少しずつ外の注文も受けるようになって、最終的には士業デザイナーズというサービスが始まりました。当時外注でお願いしていたウェブデザインも自前でできるようになってきていて、私も「すごいな、できるようになったな」と思っていました。

経営者としての喜びを教えてもらった

それからしばらくして、年末年始のあたりで全員で打ち合わせをする機会がありました。そこで一年どうだった、という話をみんなでしているときに、「こういうふうにやりたいことで才能を見つけてもらえて、仕事の場を与えてもらって。自分が思ってもない仕事ができるようになったことがすごく嬉しいです」というようなことを彼女が話してくれました。

それを聞いたときに、私は今まで揺さぶられたことがない感情が動いたんですよ。そのときに、会社ってこういうことなのかなと思いました。本人的には、事務で入ってきたんですけど、やりたいことを見つけて才能が伸びているということに対して、本人からそういう感謝の言葉が出るんだと。こういうことが本来経営層としては喜びなんじゃないかなと思いました。これが、組織として働くことの結構大きなきっかけになった出来事です。

「やりたいことをやっていい」と社内では私はよく言っていますが、人はやりたいことをしたときにこんなにパフォーマンスを発揮するのかと。逆に、やらされているうちはやっぱり楽しくもないし、つまらない仕事をしてしまうこともあるんだなと思いました。

スタッフの適性を見極めるには1年ぐらいかかったと思います。今のデザイナーのような最終的なやりたい形が見えるまでには時間がかかったんですけど。そこにしっかりはまったら、もう彼女じゃないとできない仕事がたくさんあります。

経営的には結構過渡期というか、色々考える時期がありました。こうしてデザイナーが育ってきたと同時に、一度会社ブランドでやりたいという考えが育ってきました。それまで「横須賀輝尚」というブランドを使って商品にしてきたものを、「パワーコンテンツジャパン株式会社」というブランドでやってみたいと思ったんですが、どうもやっぱりやり方が私には分からない。それで、結局もう1回個人ブランドで行くか、という時期がありました。