士業と法律実務家。責任を取るということ。

最近、「士業」という言葉と「法律実務家」という言葉を使い分けてます。

いや、特に法律的な決まりみたいなものはなく、イメージというか定義を改めて考えてみたんです。私が開業した頃は、士業のことって「サムライギョウ」って呼ぶことがあったのですが、最近は本当に聞かなくなりました。どこかのブログやメルマガで書きましたが、法律実務に関して、及び腰の人が増えたな。その持っている侍の刀はすでに錆びてナマクラなんじゃないの?だからサムライ業って呼ばれなくなったんじゃないのみたいな発言をしました。もちろん、立派に侍している人もいますけど、そうじゃない人も増えたのは間違いない。


このあたりの経緯に関しては、「士業を極める技術」(日本能率協会マネジメントセンター)で解説していますが、まあ概ね間違いないと思ってます。なので、気がついたときには、士業は「シギョウ」って呼ばれてました。まあ、それ自体にアイロニーな意味はないでしょうし、普通の言葉です。ただ、「高難度業務」を取り扱おうとして、常に実務レベルを高めようと考えている人と、難易度の高い業務から逃げ続けている人を同じように呼ぶのはどうなのかなという考えもあって、最近は意図的に「法律実務家」という呼び方をしています。もちろん、気概があって矜持のある士業のことをこう呼ぶ。まあ、私のことなんで無意識に間違えて使うこともあると思いますが、そのあたりは愛嬌ってことで許してください。

さて、その法律実務家の支援(支援というとちょっとイメージ違うんだけど)やコンテンツ提供をしているのが、私と私たちパワーコンテンツジャパン株式会社なわけですが、私個人は最近真面目に考えることがあるんです。2003年に開業して、様々な批判をかいくぐりながら、「資格起業家」というコンセプトを「経営天才塾」を通じて提唱。この天才塾も、私が行政書士に出会わなかったらもう人生終わっていたということで、業界・資格に恩返し的な意味も含めて始めました(もちろん、経営者なのでビジネスとして成立させるつもりでしたし、慈善事業で始めたわけじゃないです)。その後、紆余曲折があって、個人での活動をいったん休止し、組織運営に集中することを決定。で、2019年2月にこうして情報発信としての個人活動を再開したのですが、ここ数年考えることがあるんです。

良くも悪くも、この世界に影響を与えてきた…というか、場合によっては「与えてしまった」みたいなところがある、と。特に「最終公演」と銘打って全国をセミナーで回った時(2015年、これで全国セミナーを休止した)、本当に色々な方にお会いしたわけです。数年ぶりに再会する人もいれば、開業したてという人も。再会した人は、「最初にお会いした時は開業したばかりだったのですが、おかげさまでいま事務所の経営が軌道に乗りました」的な会話が多かったし、初めましての人は「横須賀先生の本で開業しました」みたいな声も多かった。

どちらかというと、20代の頃はある種もっと自己顕示欲の塊で、おれがおれがって気持ちも強かった。若かったと思う。でも、これだけ長いこと仕事をしてきて、多くの士業・法律実務家に影響を与えてきて、「おれが」っていうのはどうなんだろうかと思ってました。もちろん、全部が全部自分中心で考えているわけではなく(当たり前)、セミナーなら受講したらすべきことが明確になるように、とか細かい気にかけはずっとやってきました。でも、もうちょっと大きな視野で考えるべきときが来たんじゃないかと思うわけです。

そうやって考えた結論が、「士業・法律実務家の世界の責任を取る」というものです。わー大げさ。でも、真面目に考えて出たのがコレなわけで。士業って、基本的には頭が良いんです。じゃなければ、あんな難関試験、受かるはずない。でも、頭の良さと営業は別だったりするし、人脈や人間力みたいなものも別問題。つまり、頭の良さや努力できるひたむきさとかをうまく活かせてないんです。でも、もともとは頭いいんだから、正しい努力をすれば、正しい結果が出る。そして法律を扱うわけなんだから、世の中に対して当然貢献できる。

だから、私はこの法律の世界に対して勝手に(超自分勝手に)責任を取りたいと思っているんです。そして、ムーブメントをつくりたい。それも、ほかの人や会社がやっていないやり方やコンセプトで。それが最近の考えていることです。結局最後は暑苦しい。でも、こういうのがやっぱり大事かなって思ってます。

横須賀輝尚