生きていればどうしても「行き詰まった」と感じることがありますが、そもそも「行き詰まり」とはなんなのでしょうか?
目標を達成して、目標がなくなって行き詰まりを感じる人もいます。ですが、目標を達成できる人は必ず次の目標も達成できていくので、実はあまり心配する必要はないんです。
それに、テクニック的な頭打ち感は情報を得ることで解決できます。例えば「売上をどう上げるか」という問題が起きたとしたら、それはマーケットそのものの問題かもしれませんし、マーケティング手法かもしれません。もしくはヒューマンリソースが足りないとか、そういう問題のこともあるでしょう。
こういったテクニカルなことでは解決できないメンタル的なものが、「行き詰まり」の正体です。
自分の未来が見えないときに行き詰まる
行き詰まりを感じるときというのは、自分の未来が見えないときです。
未来は目標と言い換えてもいいでしょう。おぼろげでも目指すべき目標が見えている人はあまり行き詰まりません。「こうしたい」「これからこうなりたい」というものがあるなら、そこに行くためにはどうしたらいいのか、邪魔が入ったらどう避けたらいいのかということを必死に考えるからです。
例えば、SONYには利益を出すまでに8年かかった商品があります。開発し始めて3年目くらいの時点では、先がどうなるかが客観的には見えていなかったでしょう。しかし開発者にとっては、完成までのルートが頭にあった。だから8年も開発ができたのだと思います。
また、例えばもし私が社員に「スマホを超える何かを作って」と業務命令を出したとしたら、社員は行き詰まるでしょう。「スマホを超える何か」がおぼろげにも見えてこないはずだからです。このように、行き詰まるときというのは先が見えないときなんです。
行き詰まったとき、何が起きているのか
行き詰まったときには、小さな問題すら大きく思えて、起きることが全てネガティブに見えてしまいます。以前ポジティブとネガティブのフィルターのお話をしましたが、行き詰まっているときには、自然とネガティブなフィルターで見てしまっています。
例えば社員の半分がごっそり辞めたとします。そのとき、100億の売り上げを達成しよう、上場しよう、と目標に向かって邁進している社長なら「これをきっかけに新しい会社を作れないか」「負けるもんか」とポジティブに受け止められると思います。しかし方向性がない社長なら、単純にその事実にショックを受けるだけでしょう。
個人的な基準ですが、これまでの経験から、顧客からクレームが入った、上司から叱責されたといったネガティブな何かが起きたとき、その事実に反応する感情は、大きく分けて「怒る」か「凹む」かという2種類だと思っています。
同じようなことがあったときでも、調子がいいと怒る、調子が悪いと凹むというように、自分がどっちに反応するかが変わる。その反応を客観的に眺めることによって、今の自分の調子がわかります。いわばバロメーターになる。凹む時は弱っているときなんです。
士業で行き詰まる人
行き詰まりというのは「方向性の消失」だといいましたが、それは士業でも同じです。
士業がどの資格でやっていこうか、どのビジネスでいこうかと悩むのは、誰かに選択権を委ねているからです。だから決まらない。そして、これは士業の悪い癖だと思うのですが、そういうときには儲かるところに飛びついてしまうんです。
最初は仕方がありません。とにかく稼ぐためになんでもやらなきゃならない時期はあります。しかし結局どの仕事をしようかを迷うのは、未来が決まってないからです。そして、いくら問題を対処する対応力や困難に対処するアイデア力が備わっていても、自分が生きている未来に行こうという推進力がないときには、そういうアイデア力は役に立ちません。
そもそも資格一覧から自分が取る資格を選ぶというのは大いに間違っています。大事にすべきは難易度や年収、仕事内容ではないんです。「どんなことをしたいのか」をまず自分で突き詰めることが重要です。
業際は確かにありますが、そこは後でもいい。「どうしても人材育成がしたい、研修がしたい」という思いが自分にあった、それから資格一覧を見るんです。「私がしたいことに一番近いのは社労士かな」とかね。
そういう風に選んでいかないと、やりたいことの中に資格が入ってきません。条件や年収などを見て決めるから、結局「うまくいかないのは資格のせいだ」みたいなところに行ってしまいます。
自分が経験してきたことを踏まえて資格を取る人もいます。完全にその資格がしたいのなら問題ありません。ですが、そうでないと3年後、5年後に歩みが止まってしまいます。「この資格なら上手くいきそうだ」という考えで、やりたいかどうかを考えずに資格をとって仕事を始めると、3年か5年くらいで「この仕事でいいのかな」と行き詰まるときが来ます。
行き詰まりは自分と向き合うためのチャンスである
ただ、行き詰まりは悪いものではありません。これまで長年士業のコンサルタントの仕事をしてきて思うのが、自分と向き合う時間を持てていない人は多いということです。
私はなぜ生まれたのか、何者なのか、何を成し遂げるために生まれたのか。やや哲学的な問いかけかもしれませんが、たまにはこんなことを考えて自分を振り返るということは、とても大事な作業だと思います。逆に言えば、器用に生きられてなんとなくうまくいってしまっている人は、何かがあったときに弱いんです。
どんな形であれ、「自分はこういう人間なんだ」「こういう風にいくんだ」ということが決まった人は強い。それがどういう言葉で表現されていようが、誰の言葉を借りようが、本人が腑に落ちていることが非常に大事です。
私は士業に向けてコンサルタントをしてきましたが、普通に考えれば、士業に向けてする必要はないんです。士業のマーケットは27万人くらいしかありませんが、起業家や一般のビジネスをしている人を相手にすれば、ゆうに10倍以上の300万人以上のマーケットになるんです。
でもここでやると決めたのは、自分が大学生のときに士業の資格を取って、そこからやってきたという思いがあるから。これが私の方向性です。
自分と向かって未来を探していく。行き詰まりは悪いものではなく、そこで自分と向き合って、自分がどこに行くのかということを時々考えてみてください。
見つけた方向性が正しいかどうかに迷ったら
最後にひとつ。自分の方向がみえたとき、どうしても「それが正しいかどうか」という判断が必要になります。ですが、正しいかどうかというのは誰にもわかりません。自分の中にも、正しいと思っている自分とそうでない意見を持っている自分がいます。そのとき、もしも7割くらいその方向でいいと思ったら、しばらくはその方向で行ってみる。正解はないですから。
そして、もし路線変更するにしても、真逆に舵を切るのはやめたほうがいいですね。例えば、最初は社労士からスタートし、途中でコンサルタントや研修会社の経営に路線を変更するというのは、同じベクトルです。しかし、飲食店とかに路線変更するとなると真逆の方向になってしまいます。概ね向かう方向は揃えておいたほうがいいというのが、私の考えです。
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